12/16/2006

もっともインテリな街


ボールダーの街は、高学歴社会だと云うことは良く知られている。とくに連邦政府の研究機関が多く存在すること、コロラド大学が存在すること、また、ここの大きな民間企業の雇用主と云うのはハイテク企業がトップを占めているからである。コロラド大学からは、ノーベル賞受賞者が4人も出ている。しかもその内訳は物理学賞が3人、化学賞が一人と云う訳だ。普通の街とはいえない知的集団の集積地だ。

最新号のForbes(12月15日号)Elisabeth Eaves記者がまとめた記事によると、全米の都市200の学歴を調査したリポートによると、25歳以上の学士の比率やその上の修士博士課程卒業の人を含める人口比率では、ボールダーの街がもっとも全米で高学歴な都市と云うこととして発表されている。街の人口の数字は28万人となっていることから、実際ボールダーと云うよりはボールダー郡の数字になっている。ボールダー市に限った数字だったら、この数字はさらに上がっている数字になったかも知れない。

今回はあまり詳しい数字の話までいかないが、ボールダーの街が、ハーバードやMITなどが存在するケンブリッジの街を凌駕するなど、知的層が、大学を卒業してもこの豊かなLOHAS生活ができる街に居残ることを証明している。もちろん、他からの頭脳流入もあるのは云うまでもない。まさにボールダーは頭脳の街だと云うことが云えよう。

12/15/2006

ボールダーの薬局チェーン(Pharmaca)

月刊誌「ソトコト」の最新号でボールダーのPharmacaについてリポートをした。そのファーマカは、元気に成長をしている。昨日もボールダーの南のテーブルメサに最新の店舗を開店し、全米で13店舗を持つチェーンとなっている。創設が2000年だから、かなりの勢いで動いていることがわかる。

掲載誌を持ってファーマカに立ち寄ったところ、取材をしたペルゾー社長に会ったので少し立ち話をした。新年早々、手狭になっているために新事務所に移る予定なので、今は大変な忙しさのようだ。

最新の店舗は当然これまでの店舗の経験を生かして、さらに消費者の求めるものを提供していくことを目標としているが、当然のことながら、これまでの実績の中でもっとも成長性を示した分野を拡張し始めていると云える。まだ、店舗は訪れていないが、薬局なのに対前年比成長率が高い商品は自然化粧品なのだそうで、そのためにスキンケア、パーソナルケア商品のフロアスペースを十分に取って対応をしていると云う。しかも、無味乾燥な薬局のイメージを払拭するためにも、コーヒーで世界的に拠点を作っているスターバックスのインテリアーデザインを手がけたところにファーマカのデザインを依頼しているらしい。そこがベースになり、今後は先行するボールダーの2店舗も改修工事が見込まれていると云う。

ファーマカは、独特の戦略でナチュラルビジネス系の薬局チェーンにくさびを打ち込み始めている。まだ、店舗展開は13と限られているが、投資ファンドの資金導入を受けて2008年までには13から35店舗の増強しようとしている。独自のブランド品なども展開し始めており、現在独自ブランドの全売り上げに占める比率は低いが、近い将来は10%を目指しているかなり積極的な成長策をとるものと見られており、楽しみなブランドだ。

12/05/2006

巨大な家の環境課税を強化?

ボールダーがロハスのメッカとして日本でも大きく知られるようになっているが、ボールダーの実態をみると、すべてが環境にやさしいわけではない。確かに市内は発展抑制策が取られていること、あるいは限られたスペースのためにコストがメチャクチャ高く、巨大な家を建てにくい状況にはある。そのために市外でボールダーカウンティに属するところで、土地や建築の制限が少ないところにモンスター建築が行われてきた。

ボールダーは全米平均よりもかなり裕福なところであり、当地の主要な産業はハイテクが多いために、他州から移ってきた億万長者は多い。そうなると地元のロハス人間たちとのギャップが生じたりしている。ロハスを標榜するだけでなく実践をしているヒトたちの中には、カネはあっても質素な生活を行い、そのカネをより社会に還元しようとする態度は根強い。あるいは、見せびらかす態度は少ないと云えるだろう。ロサンゼレスのロデオドライブのような心境は無いのだ。

現在、ボールダーカウンティは、巨大な家に対して、建てる自由は誰にでもあるが、大きな家のために排出する二酸化炭素や、無駄なエネルギーの使用で、カウンティーが迷惑を被っているとの理屈を取り始めている。課税を強化するか、あるいはよりオープンスペースに土地を寄付させるか、ボールダー郡は聴聞会を開こうとしている。

先日ボールダーの超お金持ちにインタビューした。そのヒトは、アメリカンドリームのような大きな家を持つことについてネガティブな見解を持っていることに驚いた。彼にすれば、そのような大きな家は普通に生活するために要らないのではないかと云う。無駄が多く、奢侈に走りすぎていると見ている。そのような議論が起こっていることに、この街に対して大きな誇りを感じる。物質的な富よりも、精神的な豊かさを求める風土を培っていこうとする人々の意見に大賛成だ。